2019年2月19日火曜日

星占いの"星座"って?

星座で占うってどういうこと?

夜空にはたくさんの星々が見えますが、昼間には見えません。でも、それは空が明るすぎて見えないだけで、実は太陽の方角のずっと先にもたくさんの星が存在しているのです。
そして、夜空の星が時間とともに一晩かけてゆっくり移動し、また季節ごとに少しずつ見える星が変わって一年たつともとに戻るのと同様に、昼間の星も太陽と一緒に移動し、また季節ごとに太陽の方向にある星も変わって一年たつともとに戻るのです。
この、太陽の方角の先にあって見えない星々は不思議な力で人間の運命を左右すると考えられました。それが占星術の始まりです。

西洋占星術では太陽の方角に位置する星座の名前で一年をおおよそ次のように分けます。

やぎ座   12/22~1/19
みずがめ座 1/20~2/18
うお座   2/19~3/20
おひつじ座 3/21~4/19
おうし座  4/20~5/20
ふたご座  5/21~6/21
かに座   6/22~7/22
しし座   7/23~8/22
おとめ座  8/23~9/22
てんびん座 9/23~10/23
さそり座  10/24~11/22
いて座   11/23~12/21

これらの期間は太陽の位置によって厳密に決まっているのではなく、1年が12等分されるように按配して定められたものです。

詳しくは

2019年2月16日土曜日

「えと」とは?

干支(えと)とは

元々は何を表す原理であったのかはっきりしませんが、現代の日本では次のように理解されています。

世界を構成する五つの元素を「木、火、土、金、水」とし、それらをそれぞれ兄(え)と弟(と)の二つに分けて十干ができます。
甲きのえ  乙きのと  丙ひのえ  丁ひのと  戊みずのえ  己みずのと  庚かのえ  辛かのと  壬みずのえ  癸みずのと

これらの「干」は言わば「幹」ですが、さらにそれらに十二の「枝」を考えてそれを十二支とします。
子ね 丑うし 寅とら 卯う 辰たつ 巳み 午うま 未ひつじ 申さる 酉とり 戌いぬ 亥い

これらの幹と枝を組み合わせて順に並べると60個の組み合わせができますが、これを六十干支といいます。

甲子 乙丑 丙寅 丁卯 戊辰 己巳  庚午 辛未 壬申 癸酉 甲戌 乙亥 丙子 丁丑 戊寅 己卯 庚辰 辛巳 壬午 癸未 甲申 乙酉 丙戌 丁亥 戊子 己丑 庚寅 辛卯 壬辰 癸巳 甲午 乙未 丙申 丁酉 戊戌 己亥 庚子 辛丑 壬寅 癸卯 甲辰 乙巳 丙午 丁未 戊申 己酉 庚戌 辛亥 壬子 癸丑 甲寅 乙卯 丙辰 丁巳 戊午 己未 庚申 辛酉 壬戌 癸亥

六十干支は大昔から年や日に順番に当てはめられてきており、占いなどにも盛んに用いられています。

干支の詳しい知識

2019年2月2日土曜日

万年カレンダーの考え方

万年カレンダーの考え方

12ヶ月を一枚に収める年間カレンダーにするとして、では何枚のカレンダーを作る必要があるでしょうか。

 1月1日が月曜日であるなら、自動的にその後の日付の曜日が決まります。ちなみに12月31日も月曜日になります。(閏年でなければの話です。)
 この年のカレンダーを「月平」と名づけましょう。平は平年の意味です。
 1月1日が火曜日である年のものは「火平」のカレンダーです。
 同様に水平、木平、金平、土平、日平のカレンダーが必要です。これで7種類。

 当然閏年のものも作らなければなりません。
 閏年の1月1日が月曜日であるなら、自動的にその後の日付の曜日が決まって、12月31日は火曜日になります。この年のカレンダーを「月閏」と名づけましょう。
 同様に火閏、水閏、木閏、金閏、土閏、日閏のカレンダーが必要です。
 全部で14種類です。

 それではそれらがどんな順番で連続するのでしょうか。
 4の倍数の西暦年は閏年だから、平のものが3つ続いた後、閏のものが1つ、また平のものが3つ・・・ということになります。
詳しく言うと、100の倍数で400の倍数でない西暦年は閏年にならないので注意を要します。
 そして平年から次の年への接続は曜日が1つだけ進むこと、閏年から次の年への接続は曜日が2つ進むこともわかります。

それでは並べてみましょう。

 月平 火平 水平 木閏
 土平 日平 月平 火閏
 木平 金平 土平 日閏
 火平 水平 木平 金閏
 日平 月平 火平 水閏
 金平 土平 日平 月閏
 水平 木平 金平 土閏
 月平に戻る

 以上のように28年で一周することになります。ただし途中に100の倍数の西暦年があるときは注意が必要です。つまり詳しく言うと本当は400年かかってはじめて完全に一周するのです。


暦の周期について

暦の周期について


暦には周期の異なる複数の要素が併存しています。その由来を知らないと暦はブラックボックスのように見えてしまいます。
複数の要素を簡単に整理してみましょう。

西暦年
 太陽の運行(地球の公転)に基づいています(太陽暦)。365または366日が1年となります。
 冬至から10日ほど経った日を元日にしているのには厳密な意味はありません。
二十四節気
 太陽の運行(地球の公転)に基づいています。1年を24に等分していますので、約15日ごとに訪れて季節を正確に示します。七十二候は約5日ごとになります。
 これらは西暦の上では毎年大体同じ日付となります。
星座(黄道十二宮)
 太陽の運行(地球の公転)に基づいています。
 地球から見て太陽の方向に位置する星々は季節によって異なり、1年で元に戻ります。占星術ではそれを12に分けてそれぞれ星座名を付けています。1年を12等分していますから約1ヶ月で次の星座名に移ります。
 太陽の背後にある星座ですから、その時期にはその星座は見えません。

ここまでは太陽の運行のみに基づくものです。

旧暦
 月の運行で1ヶ月を決め、太陽の運行で正月の位置を決めます(太陰太陽暦)。29または30日で1ヶ月、12または13ヶ月で1年となります。
 季節との関係は毎年少しずつずれるので、同じ日付でも新暦に直すと最も早い年と遅い年では30日程度違うことになります。
太陰暦
 月の運行のみに基づいています。29日か30日の月が12か月で1年となるので季節の巡りとは一致せずどんどんずれて行きますが、気候の差が大きくない熱帯地方では実用に堪えます。イスラム暦など。
潮汐
 地球上の海水は太陽や月に引っ張られている側と地球の裏側が盛り上がり(満潮)、その中間では海面が下がります(干潮)。太陽と月は一日かかって地球を巡るので、同一地点の干満は約12時間で繰り返します。
 太陽と月が同じ方向にある新月の時期と反対側にある満月の時期の直後には両方の引力が重なっているので干満の差が特に大きくなります(大潮)。その中間の半月の頃には打ち消し合って干満の差が小さくなります(小潮)。大潮と小潮はそれぞれ約二週間ごとに巡って来ます。
 基本的なサイクルは上の通りですが、実際の潮位変動は地形に大きく左右されるので各地の潮汐はそれぞれの長年の観測値を参考に予報されます。

以上は太陽と月の運行に関係するもの、以下は架空の原理によるものです。

西暦の月
 月の満ち欠けの周期(29~30日)に似せて西暦の1年を適当に12に分けたもの。実際の月の満ち欠けとは関係がなく、毎月の日数の違いにも合理的意味はありません。
曜日・週
 実際の天体の運行とは関係のない7つの名称が単純に繰り返されます。
 西暦の日付と曜日によるカレンダーは一見28年周期で繰り返されますが、西暦1700年からは100の倍数で400の倍数でない年を挿むとこれが崩れることになりました。400年周期で完全に繰り返されます。
六曜
 天体の運行とは関係のない6つの名称が順に繰り返されます。ただし旧暦各月のついたちにそれぞれ決まった名称にリセットされるので、新暦上では一見不思議に見える配列となります。
 旧暦時代には毎年同じ日付は同じ六曜になるのであまり興味を持たれませんでした。
干支
 天体の運行とは関係のない10の干の繰り返しと12の支の繰り返しがあります。十二支だけなら年のえとは12年ごとに元にもどりますが、十干と合せて60の種類ができるので60年で一巡します。
 西暦の日付と日の干支の組み合わせは一見80年で一巡しますが、西暦1700年以降は100の倍数で400の倍数でない年を挿むとこれが崩れます。8000年周期で完全に繰り返されることになりますが、その前にグレゴリオ暦のずれ修正のためにいずれ閏年が一回省かれることになるでしょうから、実際にはその繰り返しは現在の計算通りには実現しません。
その他の暦注
 九星、十二直、二十八宿など。

曜日について

曜日について

 「週」の概念は古代バビロニアで月の満ち欠けの周期の四分の一として生まれたと言われます。それが旧約聖書に「神が7日目に休まれた」として取り入れられました。
 その「週」に対してエジプト占星術の曜日が当てはめられ、週と曜日のシステムが完成しました。



 天動説が信じられ、まだ望遠鏡もなかったころ、惑星とされていた天体は7つでした。それらを地球から遠い順に並べると、その見かけの動きから考えて、土星、木星、火星、太陽(日)、金星、水星、月となると考えられていました。これらを七曜といいます。
常に同じ位置に見える恒星に対し、その位置がぶれる星。惑う星の意。
恒星ははるか遠距離にあるため天球に固定して見えるが、これら近距離にある天体は地球との相対的位置関係により天球上の位置が変化する。昔はその理由が分からないために不思議な力を持つ星と考えられた。
現在では太陽と月は惑星とされない。
 そして占星術では毎日の時間は順にこれらの惑星に支配されているとされました。
 午前0時から1時間ずつ土、木、火、日、金、水、月、土・・・の順で支配される日は土曜日と呼ばれ、そうするとその日の最後の24時間目は火星に当たるので、次の日の1時間目は太陽(日)から始まり、日曜日ということになります。同様に次の日は月曜、以下は火曜、水曜、木曜、金曜、土曜・・・となります。曜日の順序はこのようにして決まりました。現代科学から見ればこの曜日の順序にはあまり意味はありません。
 その後、週の始まりが何曜日であるかの認識は変化しましたが曜日の順番は一貫しています。


 曜日は日本では平安時代には知られていましたが、知識人が占いの一種として使っていた程度でした。庶民に関係してくるのは1874(明治7)年に官庁で日曜休業制が取り入れられたときからです。

 現代では曜日を決定する基準として2000年1月1日を土曜日とすることが国際的に定められています。

エジプト暦とは

エジプト暦とは

古代ギリシア、メソポタミア、インド、中国など世界中で考えられた古代の暦はほとんどがすべて、目で見てわかりやすい月の満ち欠けによる太陰暦またはそれを適宜季節補正する太陰太陽暦でした。
エジプトにおいても初めは1年を12か月、1ヶ月を30日、1年を360日とする暦が使用されていましたが、その後ナイル川流域の農業の発達に伴って太陽暦の一種が考案されました。
毎年ナイル川の増水の開始と、恒星シリウスが日の出前に初めて現れる時期とが関係することから、365日で太陽の巡り方の推移が一巡することを知り、紀元前20世紀ごろから従来の暦の最後に5日の余日を付加して365日としました。
4年に1回閏年を設けることも知られましたが一般に実施されたのは
ユリウス暦においてでした。

ローマ暦と月の名前について

ローマ暦と月の名前について

ローマ暦は紀元前8世紀ごろから使われたと言われます。1ヶ月が30または31日で10ヶ月(304日)で終了し、1年間をカバーしない変則的な暦でした。

Martius:神マルス(Mars)が由来。古いローマ暦では年初の月。農耕を始める時期に王が宣言して新年となったと言われます。現在の3月の時期に当たります。英語Marchの語源。
Aprilis:女神ウェヌス(Venus、ヴィーナス。ギリシア神アプロディーテーに対応する女神)の月。Aprilの語源。
Maius:女神マイア(Maia)より。Mayの語源。
Junius:女神ユーノー(Juno)より。Juneの語源。
Quintilis:ラテン語の「5」より。(後年ユリウス-カエサルの名にちなんでIuliusと改名。Julyの語源。)
Sextilis:ラテン語の「6」より。(後年アウグストゥスの名にちなんでAugustusと改名。Augustの語源。)
September:ラテン語の「7」より。
October:ラテン語の「8」より。
November:ラテン語「9」より。
December:ラテン語「10」 より。元はローマ暦の最後の月。この後は暦のない60日ほどを経てMartiusとなりました。
以上が古いローマ暦の月。

紀元前713にDecemberのあとに以下の月が追加されて1年を12ヶ月でカバーしました。
Ianuaris:神ヤヌス(Janus)より。Januaryの語源。
Februarius:神フェブルウス(Februus)より。Februaryの語源。
1ヶ月月が29または31日、最後のFebruariusだけは28日(計355日)。隔年に閏月を設けて季節を合わせました。

紀元前153からは行政上の理由でIanuarisが年初とされ、マルチウスからデセンベルまでの順番は元々より二つ繰下りました。現在9月から12月までの英語名の語源と月の順番が二つずれているのはこのためです。

ユリウス暦とは

ユリウス暦とは

紀元前46年にローマのユリウス-カエサルがローマ暦に代えて、エジプト暦を参考に制定した太陽暦です。
平年を365日、閏年を366日として4年に1回閏年をおきます。
1ヶ月の長さは奇数番目の月を31日、偶数番目の月を30日と定めました。ただし合計日数を365とするために、ローマ暦時代からの慣習で2月を短くし、29日としました。
ところが、4年に1回の閏年をまちがえて3年に1回おいたため暦日が3日遅れました。これを直すため皇帝アウグスツスは紀元前8年から紀元4年までの置閏を禁じ、紀元8年に閏年を復活しました。
この改正を記念して当時8月にあたるセックスティリスをアウグスツスと改め、日数を皇帝の名にふさわしく31日とし、代わりに2月から1日削って28日とし、また9月を30日、10月を31日、11月を30日、12月を31日と、現在と同じ形に定めました。

その年を何年とするかの基準を、現在行われているようにキリスト生誕に結びつけたのは525年でした。生誕の翌年を紀元元年と定めましたが、実際の普及は何世紀も遅れました。(ちなみに現在の研究ではイエスが生まれたのは紀元前4年頃であったろうといわれています。)
ユリウス暦はグレゴリオ暦が普及するまで使われました。

グレゴリオ暦とは

グレゴリオ暦とは

地球が太陽の周りを一回りするのにかかる時間は365.2422日といわれます。
とすると、1年を365日とするカレンダーでは約4年経つと日付が一つ進み過ぎてしまうことになります。
そこで4年に1回、366日の年(閏年)を設ければ1年の平均が365.25日となり、ずれは随分小さくなります。これがユリウス暦(後述)といわれるものです。しかしそれでも100年以上経てば1日遅れるずれがでてきます。
西暦1900年1月1日時点で365.24219878日。僅かずつ短くなりつつある。
そこでグレゴリオ暦ではさらに精密を期して1年の平均を365.2425日としました。つまり400年に平年を303回、閏年を97回としたのです。具体的には、4で割り切れる西暦年を閏年とするが、ただし100で割り切れるが400で割り切れない西暦年は平年とすることにしたのです。これでずれは大体3000年に1日遅れる程度ぐらいまでに小さくなりました。
いずれこのわずかなずれを解消するために閏年をさらに1回省く必要が出てきます。ひとつ考えられるのは西暦X000年のような切りのいい年を選んで、それを閏年とせずに平年とするやり方です。しかし実際にそれがいつ、どんな形で行われるかは学問的の他に政治的な問題もあって予断を許しません。
グレゴリオ暦は最も早い国でユリウス暦1582年10月4日(木)の翌日を10月15日(金)として始りました。日本では旧暦明治5年12月2日(1872年12月31日)の翌日を1873年(明治6年)1月1日として実施されました。
各国のグレゴリオ暦導入のおおよその時期は以下の通りです。各国のそれ以前の記録におけるオリジナルの日付はグレゴリオ暦によるものではないので注意が必要です。

1582年10月15日 イタリア、スペイン、ポルトガル、ポーランド
1582年12月20日 フランス(1793年11月24日~1805年12月31日の間中断)
1583年 オランダのカトリック地域、ベルギー
1583年から1587年にかけ ドイツ、スイス、ハンガリーのカトリック地域
1700年 ドイツ、オランダのプロテスタント地域、デンマーク、ノルウェー
1752年 イギリス
1753年 スウェーデン、フィンランド
1783年 アメリカ
1873年 日本
1875年 エジプト
1912年 中国、アルバニア
1915年 ブルガリア
1918年 ソビエト
1919年 ユーゴスラビア
1924年 ギリシア、ルーマニア
1927年 トルコ

なお、グレゴリオ暦の1月1日は冬至の10日ほど後に設定されていますが、これは古いローマ暦からのいきさつによるもので、この日に天文学上の特別な意味があるわけではありません。農作業を始める時期Martiusの2ヶ月前で、ちょうど冬至を過ぎて少し日が長くなり始めた時期に当たります。